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沼風呂 ヌマブロ

「頚椎椎間板ヘルニア」「武家諸法度」みたいな読んで気持ち良いブログ

今日の音楽  〜『NEKO』が良すぎたから語らせてくれ〜

OKAMOTO'S到着!!!

昨日の18時にOKAMOTO'Sの新曲「NEKO(Remix)feat.呂布/MUD」のMVがYoutubeにて解禁されました。

率直な感想を一つ。

「んーもう!大好き!!!」

なワケだけど。。。

全然音楽理論もわからないし楽器も弾けないので具体的なことは言えないけど、昨今のフリースタイルダンジョンから流れる「ヒップホップブーム」とSuchmosとかYogge New Wavesなどの「シティーポップ」がこの一曲にうまくガッチリとハマったというか。流行の音楽をやりつつ、彼ら四人の音楽的技術や知識もふんだんに詰め込まれたからこそ生まれた、めちゃくちゃ完成度の高い音楽という印象を受けました。

以前『VXV」というアルバムでRIP SLYMEとコラボした「Wanna?」という曲から思ってたんですけど、OKAMOTO'Sの曲ってラップとめちゃくちゃ親和性が高いなと。
というのもそもそもOKAMOTO'Sのメンバーのうち3人が「ズットズレテルズ」に参加していたので、その下地みたいなものがあるのかなとも思ったんですけどね。でも特設サイトのインタビューを見るとどうやら全く意図をしていない、ズットズレテルズを意識せずに作ったというから不思議ですね。

ただ、本当に理屈抜きに「気持ち良い」んですよね。聴いてて思わずサビ部分が頭に残って、ずーっと頭をよぎるような。知らないうちに「猫、撫でようよ」と口ずさんでしまっているような曲だと思います。
にしてもこんな年の瀬に、OKAMOTO'Sとんでもない曲を発表したな。。。という印象です。素晴らしすぎる。
この曲が収録された『BL-EP』の発売がもう待てないっす!!!!アカーンッ!!!

OKAMOTO'Sを知らない人へ

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左から
・ベース ハマ・オカモト
・ドラム オカモトレイジ
・ボーカル オカモトショウ
・ギター オカモトコウキ

「OKAMOTO'S」という名前は聞いた事ある人もめちゃくちゃ多いはず。最近の若手バンドの中でもかなりテレビの露出も多い方だと思います。
ミュージックステーション」にも出演してます!そしてなんと「SMAP×SMAP」にも出演しております。はい、SMAPと一緒にOKAMOTO'Sの楽曲を演奏しております!!!
メンバー単体では、ベースのハマ・オカモトさんはタモリ倶楽部にも度々出演、関ジャム!では丸山くんの「師匠」としてベースのスラップ奏法を教えちゃったりなんかしてます。ラジオ番組もあります。ドラムのオカモトレイジさん、ヴォーカルのオカモトショウさんはドラマにも出演したことがあります。

めちゃくちゃすごくないですか?!

この多彩というか、なんというか、引っ張りだこっぷり。個性が爆発しているからこそ。なんですよね〜。
ただ、これだけではございません。
そこはさすが若手実力バンドというだけあって、音楽特番のバックバンドでの出演、フェスでの大御所アーティストのバック演奏もめちゃくちゃ多いんですよ!!!もうこの「なんでもいけちゃう」感じ。めちゃくちゃ格好良くないすか!?実際演奏は若手No.1と言われてるほどに上手いです。まだ20代という恐ろしさ。。。俺と五つしか違わないなんて。。。すごすぎる!!!

演奏良し、曲良し、オシャレ、格好良い。。。
バンドマンというのは大抵そういうものです。もちろん彼らもそれらを持ち合わせます。ただ、彼ら四人、決定的に他のバンドと違うところがあるんです。
それが。。。

めちゃめちゃトークが面白い

という点です!!!!!!!!!!!!!

バンドマンたるものそんなのは必要無い。と思う方もいると思うんですけどね。まあまあまずこれを見て欲しいです。
彼ら四人が、月1回YouTubeのアカウントに投稿している「オカモトーーク!」という番組。

ヤバくないですか????しょっぱなからヤバさがすごいでしょう!?!?!?!?
この「オカモトーーク!」では一番静かに見えるコウキくんこそが、一番やべえやつです。なんといってもこの番組のエンディング曲をコウキくんが制作することになり、その結果「ヤバコウキ」という「迷曲」が生まれるほど!!!コウキやべえ!!!!
基本ライヴのMCもこんな感じで四人で楽しそうにしゃべります。本当に面白いです。以前母親と一緒にLIVEに行ったことがあるんですけども、母親は「なによりもトークが面白くて、本当に見に行ってよかった」と言ってました。母親、五十代です。
老若男女問わず、彼らのトークは面白い。それでいて、演奏に入った途端めちゃくちゃ格好良い。
フットボールアワー後藤さんの言葉を借りるとすれば「高低差で耳キーンてなるわ!」状態ですよ、もう。。。

OKAMOTO'Sがどんなバンドかをあらわす楽曲たち

メジャーデビューを十代のうちからしていた彼ら。そんな彼らが現在に至るまで、どんな曲を生み出してきたのか。その歩みを説明していきたいと思います。というよりも、聴いてわかってほしい!!!そしてどっぷりとハマってほしい!!!!

1『Insane Man』

当時17歳。まだハマくんが加入する前のOKAMOTO'Sです。これが17歳って。。。どんな人生生きてきたらこんな曲作れんのよ!?っていうインパクトがすごい。もう本当に、これだけで掴まれてしまいます。。。

2『Beek』

今でも必ず演奏される鉄板&看板曲。おいおいおいおいおい!!!これも十代の楽曲とは思えない。毎回ベースソロが違うのでそこが本当に楽しみ。。。YoutubeにBeekのLIVE映像は何本もあるので、全部見て欲しいです。。。

3『欲望を叫べ』

メジャーアルバム3枚目「欲望」に収録されてます。一枚目「10'S」二枚目「オカモトズに夢中」そしてこの「欲望」の三枚は若き初期衝動が真空パックされたような勢いあるロックンロールなアルバムです。初期三部作、なんても言われてます。歌詞にこのバンドの名前の元となった岡本太郎さんの「太陽の塔」が出てくるのも格好良い。。。しかしショウくんのパフォーマンスはたまらんな。

4『青い天国』

レイジくんの白目に注目してほしい。本人たちも言ってたけど、こんなバンドいたらヤバすぎwwwww作詞にベボベのこいちゃんも参加してる一曲。「踊ろうぜ青い天国で!!」で踊りたいです俺も。

5『マジメになったら涙が出るぜ』

「青い天国」と両A面で発売された曲。メッセージ性が今まで以上に強く、俺が好きになったきっかけでもある一曲。

6『ラブソング』
4枚目のこの曲の収録された4枚目「OKAMOTO'S」というアルバムはテーマが「愛」この曲を始め一曲一曲が「ラブソング」として聴ける。サビが本当に良い。母親はこの曲からハマりました。
OKAMOTO'S本当にありがとう。

7『JOY JOY JOY』

定番のダンスナンバー。でもこれを四人が作った意図は「昨今のフェスでの四つ打ちバンド多くない?」という音楽シーンを懸念してカウンターとして製作された一曲。様々葛藤もあったんでしょうね。でもこれがOKAMOTO'Sの音です。こんなことだって出来る!

8『告白』

「JOY JOY JOY」の両A面シングル。この曲が収録されている5枚目のアルバム「Let It V」は一時間も満たないタイトな内容で、これまでのロック調からポップ色が強くなったアルバムです。僕個人としては4枚目の「OKAMOTO'S」と5枚目「Let It V」は初めての人にもオススメできる聴きやすいアルバムです。

9『虹』
https://youtu.be/VF30B3ZTgeYhttps://youtu.be/VF30B3ZTgeY
もっとも思い出のある一曲。両親が大瀧詠一さんを好きでずっと聞いてきた「ナイアガラサウンド」が、こんな若者たちによってこれからの世代にも受け継がれていくんだな、と感じました。音楽は楽しい、素敵だということを教えてくれる一曲です。これを作れるのは今のバンドでも彼らしかいないと思います。

10『Dance With Me』

ここから今の彼らのサウンドに近づいてきます。確実に「OKAMOTO'Sにしか作れないもの」を築き上げたような一曲です。「ローリングストーンズが最高ってことになんでみんな気づかないんだろう」という歌詞にもやられます。なぜかこの曲の再生回数が少ないの、納得いきません。みんな聞いて!!これと両A面で発売さえれたもう一曲「Dance With You」もまた素晴らしいです。

11『Beautiful Days』

銀魂に使われた曲です。だから知名度は高いかもしれません。ただ、この曲はすごい意味を持った曲。6枚目のアルバム「OPERA」はコンセプトアルバムで「鍵・携帯電話・財布」を無くした男が主人公のロックオペラなんです。その主人公がもしも「ハッピーエンド」を迎えられたのなら??というアナザーエンディングにあたるのがこの曲なんです!だから「OPERA」を通して聴いた後に聴くと、また聴こえ方が違います。

12『BROTHER』

今のもっとも彼ららしい曲といったらこれでしょう。これからの指針ともなる一曲です。この曲からOKAMOTO'Sを知った方も多いと思います。どこを切り取っても耳に残る。完成された一曲です。

〜番外編〜

これとは別に「こんなこともしてます」という彼らの曲を紹介します。
1『恋をしようよ』

ザ・ルースターズのカヴァー。原曲が最高なのはもちろんとして、この演奏力!圧巻!!!
初期三部作は各アルバムにつきこういったカヴァー曲が三曲含まれてるのも面白いです。しかもエアロスミスから沢田研二まで、めちゃくちゃ幅広いのもいいですよね〜。

2『Wanna?』

RIP SLYMEとのコラボ曲。ラップとの親和性バッチリ。なんだこのMVって感じですよねw
この曲が収録された5.5枚目の「VXV」(ファイブバイファイブ)は全曲他アーティストとのコラボ曲が5曲収録されてます。RIP SLYME東京スカパラダイスオーケストラTHE BAWDIESからROY、そして奥田民生に、黒猫チェルシーと多種多様。こんなことできるのも、彼らの音楽の造詣の深さゆえですよね。

3『JOY JOY JOY』

まさかのSMAPとのコラボです。驚きましたね。と同時に幸せでした。最も好きなアイドルグループとバンドのコラボ。涙しかありません。
中居くんと慎吾ちゃんが良い味出してます。キムタクに小突かれるハマくんのところも良い。んでレイジくんは相変わらず白目。コウキくんぐうかわ。

4『Hey Bulldog』

ビートルズもいけちゃうんですよねー。という感じ。もうあっぱれとしか言いようがない。。。

5『サマーヌード
同名のドラマで山Pが歌っていたものの演奏をやってたんですね。音質画質悪いけど。ちゃっかりみんないます。しかしジャニーズとのパイプもってるなあ。。。その縁があってか、関ジャニに「勝手に仕上がれ」という曲も提供することになるし、それを「関ジャム!」内でコラボするし。

6『SNSをぶっとばせ』

いやー女性アイドルもイケちゃうんですよね。OKAMOTO'Sは女性アイドルにも楽曲を提供します。PUFFYなんかにも。。。本当にすごいな。音楽ジーニアスだよ彼らは。。。


とまあ、こんな感じです!!!!
いかがだったでしょうか。僕の熱量くらいは伝わっててほしいのですが。。。
とにもかくにも、こんなに音楽に対して真摯に向き合い続け、様々な曲を作り、自分たちの音楽を鳴らす。これがOKAMOTO'Sです。
これだけの実力を持っていながら、まだまだ彼らの知名度は低いです。もっとこういった側面を俺はみんなに知ってほしい!!!!
この記事を書き切れて本当に良かった!!!!

さあ今すぐTSUTAYAに急げ!!!

今日の怒り 〜俺のこのモヤモヤはどこにぶつければ良いのか〜

今日は大学のゼミがありました。今は年一本のゼミ誌に載せる小説の提出を終えて、小説の書き方を勉強しています。
資料として木村毅の「小説研究十六講」を用いて、文体や構成、プロットや長編から短編の傾向と書き方を勉強中。
物語を作るのにもしっかり「型」というものがあって、やはり「技術的」な部分で補うこともできるのだなと感心しています。
中でも「短編小説」というのは非常に難しく、読んでてメカラウロコ。すっかり数学の計算と一緒なんです。
マイナスがマイナスと掛けるとプラスになる。というような厄介さまではいかないものの、物語を作るのにも、協調の足し算や掛け算、そして隠蔽するような引き算、縮小させた割り算みたいなものが結構見えてきます。
技術的すぎるとそれはまったく面白くない一種「定石通り」なものが出来上がってしまうのですが。。。
理知的な視点と情緒的な視点、この二つをうまくバランスよく取り入れることがものすごく大切なんですね。あとは、短編小説に於いては書き出しと終結。ここがかなり重要となってきます。書き過ぎないこと。これがなかなか難しいんです。
こんなことを言われると驚かれたりすることがあるんですけど、よく文章なり物語を書く人からすると、より「長く」書くことは非常に楽で、むしろ決められた字数で、そして短い文章に要約することの方が難しいんですよね。
書こうと思えば文章はいくらでもかけます。問題は、与えられた条件や素材や枠の中でどれだけ伝えられるか、表わせるかなんですよね。
だから僕は「詩」が最も苦手です。いまだに。俳句や短歌はもうそういう思考をなんとなく身につけているので良いのですが。詩、歌詞となるとこれがものすごく大変。いったいどこまでをリアリティ持って書けば良いのか、どこを抽象的にするのか。まずこの時点で躓きます。
なもんで、自分が聴いているアーティストの曲なんかで「グッ」っとくる歌詞を歌っている人にはリスペクトが尋常じゃないです。しかも歌に乗せてるし。意味があることを意味もなさげに、かつ決められた枠の中で書ききる。並大抵のことではないと思います。
だからこそ、歌詞に重きを置くアーティストは、格好良いですよね。
僕も、良い文章が書けるようにしっかり頑張ろう。と、毎度のゼミを通して、好きな曲を通して思うのでした。

でたー。真面目スイッチ。ラジオ深夜便みてえな始まり方しやがって。

という感じでずーっと序文を書き連ねておりました。こんばんは。



今日のニュース、めちゃくちゃショックなことが一つ。
ノンスタイル井上さん当て逃げ事故の件。なんと、井上さんの車輌に今年のM-1グランプリファイナリストである、スーパーマラドーナの武智さんがも同乗していたとのこと。。。

がっかりだよお!!!!!!(竹刀を床にたたきつけながら)

はあ、これはシンプルにがっかり。我が心のビートたけし師も呆れて言わぬ「バカ野郎この野郎」です。
今年のM-1グランプリ、俺めちゃめちゃ感動したんやぞ!!!なにしてくれとんねん!!!使い方のわからぬ関西弁が出てくるほど、ショック。。。
今年の決勝三組はとにかく「僅差」でした。審査員5人も口を開けて宙を仰ぎ見るほど。もうこれほどまでに「異議なし!」な決勝は今までなかったように思います。誰が優勝しても良い!それだけのことを君たちはしてくれた!!!感動した!!!(小泉純一郎)と言いたいほど。
結局チャンピオンは1本目2本目と二人の「掛け合い」を大切にした王道べしゃり漫才をした銀シャリでした。
斉藤和義じゃないけどずーっと好きだったので、この結果には泣いて喜びました。ここから売れていって、スターダムを駆け上がる。ドリームを掴み取る人間をこの目で追いかけてやる!と。本当に嬉しかった。
でも、何がそこまで嬉しかったか。この嬉しさをより強いものにしてくれたのは間違いなく「和牛」と「スーパーマラドーナ」だったと思う。というか間違いない。
一位通過の銀シャリを、この二組は極限まで追い込んでくれました。そんだけ面白かった。爆発力、実力、すべてが最高レベルだった。
この三組は今の漫才師の中でトップレベルといっても恥ずかしくない。そう思えるほどでした。だから今まで一番感動したし、本当に面白かった。これからもこの三組はたくさんテレビに出て、たくさん漫才をやり続けて欲しい。と思いました。


ところがなんですか。
どうしてぶつかったのにお互いスルーするんですか。「ばれたら大変なことになると思った」って。。。どうしてそんな判断に至ってしまったんだ君達は。大の大人が、二人も乗っていながらどうしてまともな判断ができなかったんだ!!!!
呆れてものも言えん。酔っ払ってでもいたのだろうか。ぶつかって気が動転してしまったんだろうか。だとしても本当に情けない。

バカ野郎!


せっかく今年の年末年始はスーパーマラドーナの漫才をたくさん観れるかもしれない。とワクワクしていたのに。。。

はあ、人生って何があるかわかんない。

逃げるは恥だが役に立つ

この言葉の使い所だけは、間違っちゃいけません。

すごい。読み返すと気持ち悪い熱量だ。。。でも俺は本当に、そんだけ哀しいし悔しいニュースなのよーん。。。


もう一つ。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの公開日が発表されましたね。めちゃくちゃ楽しみ。




今日の曲 ビートたけし/「浅草キッド

ビートたけし 浅草キッド 090320

12/13 今日の悩み 〜「空腹戦争」編〜

またしても、俺は悩み始める。また、コンビニで。
コンビニとは悩みの聖地とも言われている(嘘)今年の流行語大賞にノミネートされた「聖地巡礼」という言葉は、悩みの聖地コンビニをいろいろ回って「えー、どうしようかな〜」と悩むことが生んだ流行語であると言われている(大嘘)

昨日は「この季節に温かい飲み物を買うの存した気分になりがち」というおそらくレイザーラモンRGさんが熟考に熟考を重ねてもたどり着くことはできないような境地、悟り的「あるある」を披露した。
そして今日、事件は起きた。

1日1食の男、ここに見参。

大学生になってから、基本「1日1食」という生活をしている。これを話すと周りの人間に心配される。「あんた死〜ぬよ」と。
高校時代は今よりも20キロ近く太っていた。そこから大学入学後、ゆとり総本山の俺は一人暮らしやがらりと変わった環境に慣れず「夜行バスに乗って行った朝」みたいな感じで、なんかずーっと緊張と不安がお腹周りをぐるぐるしていて、なかなか本調子に飯を食えなかった。
すごいのが1日に1食、それを350mlのコカコーラで偲んでいた日も二三日はあった。
もはや1日1飲だ。「炭酸を飲むとお腹に空気がたまるから、空腹がしのげるね!」と、今すぐにでもこの発言をした当時にタイムスリップしてモンゴリアンチョップを入れてやるためにデロリアンを開発したい気持ちでいっぱいである。
そんな不摂生と「陸の孤島」と呼ばれた大学のキャンパスへの往復のために毎日10km以上を自転車通学していたことが祟って、一週間で1キロずつ落ちていくような、そんなダイエットが勝手に行われていた。RIZAPよりも無意識下で行われていたのだ。
結局夏休みに実家に帰ると、あまりの変貌ぶりに驚かれ「太り過ぎ」と言っていた母は「沢山食べなさい」と飯を多めに作りだし、そんな量1日一本のコーラでしのぐ僕が食べれるわけないでしょうが!なんて言えない悪循環が続いた。
また一人暮らしが始まると1日1食、夕方にガッツリと明日の夕方まで持つ量を食べる。という生活が始まった。
気づけばあっという間に定着し、3年経った今でも基本その生活を行っている。

1日1食の生活になると自炊をしなくなる。作り置きという概念も「どんなに早くとも明日」にしか食べないため億劫になってくる。
また、1食のために料理をするのも馬鹿くさく、明らかに使わない量を買うということもよくないことだと思うようになり、結局外食で済ませることがほとんどだ。それ以外の日はスーパーのお惣菜やお弁当、レトルト商品などの生活だ。
最近はパックご飯になにかおかずを買ってきて食べる、ということが多くなってきた。

事件は会議室で起きているんじゃない。コンビニで起きているんだ!

とまあとにかく俺はそんな生活をし続けるようになった。いかに安く、いかに手間がかからずに「明日の夕方まで持つか」を考えるようになった。
外食の良い点は皿洗いも片付けもしなくて良いところにある。また、ほぼ百パーセントの確率で自分が作るのよりも美味しいものが食べられるというところにある。
そして俺はいつも、こんな悩みが生まれるのである。

「んー。果たしてどのくらい買えば俺の腹はいっぱいになるんだろうか」

ということである。

1日1食ということは、つまり飯を食べるチャンスが一回しかないということだ。
こまめに朝昼晩と食べれば三回もチャンスが巡ってくる。チャンスの順番である。全然知らない子がセンターになった時はさすがに「もうこれはAKB終わりましたな」と思ったが。。。やはり秋元康はすごいということを痛感させられた一曲でもある(大脱線)
昼たとえあまり食べなかったとしても、夜いっぱい食べればそれでOKなのが3食の良いところだ。
フルマラソンコースのいたるところにしっかりと「給水ポイント」があるような感じである。
その一方で、我々「1日1食人族」は、飯を食うチャンスが一回しかない。つまりその一回に全身全霊をかけるのだ。これは大いなる心理戦。
果たして俺はどのくらいの飯を買えば明日まで持ちこたえることができるのだろうか。といつもコンビニやスーパーで頭をかかえるのだ。
この感覚としてはフルマラソンの折り返し地点にしか給水ポイントがない、といったところであろうか。

「えー、ちょっと待って。別にさ、一回に買わなくても足りないなと思ったらまた買えば良いじゃなーい」
と思ったそこのあなた!(テレビショッピング風に読んで)
丸裸の人間に拳銃を突きつけるようなこというのはやめておくれ。大正論だ。ど正論!(西友のフレーズ風に)だ。
ただ、そんなことができるなら、俺はもうとっくのうちにしているのだ。良いか、俺のことを最もよく知っているのは、紛れもない「自分」なのだ。21年間この体たらくで生活してきた俺に、そんなこまめなことはできないんだ。解ってるよ俺だって!!!

そう。

めちゃくちゃ面倒くさがり屋なのだ。


飯を食ったらあとはもう動きたくないくらいだ。「食べた後にすぐ横になったら牛になるよ」と言われがちだが、俺はもうすでに20回ほど牛になっている。(大嘘)
とにかく、面倒くさがり屋だから家に帰ったらなるべく外には出たくない性分なのだ。
だからこその、心理戦なのだ。折り返し地点が見えてきて、可愛い女性たちが水を渡そうと給水地点で手を振ってくれている。それを俺は、しっかり取るのか「いやまだまだいける!!!」と思ってスルーしてしまうのか。一世一代の賭けだ。

そして結論から言うと

「大失敗」をすることがほとんどである

これこそが人体の不思議。俺は一生身体構成には勝つことはできないと、強く思い知らされるのだ。
「あれ!俺いけるやん!!!」という思い込みをすることが結構な頻度で起こる。それは両ベクトルで起こりやすいことだ。
「あーめっちゃ腹減ってるわ。よし、いっぱい買ったろ!!!!」
という場合、だいたい「もう食えねえよ〜!」と根をあげる。仕方ないから明日食べるかあ〜、というような状態になる。
「いやー今日はあんまりお腹空いてないから少しだけでいいか」
という場合、だいたい「うわーもっと買っときゃよかった〜。腹減った〜!!!」と根をあげる。お腹を押さえながら布団に泣き寝入りパターンがほとんどだ。

こうして、昨日の悩み同様俺には二軍に分かれた「空腹戦争」が勃発されるのだ。
昨日は三つ巴の三国無双。そして今日はバチバチのタイマン。ストリートファイター状態だ。
俺のお腹の中にいる「リュウ」と「ケン」がずっーと「波動拳」の打ち合いをしている状態のことを「ストリートファイター状態」と呼んでいる。


結果、今日も俺はこの「ストリートファイター状態」に陥り、大敗北。

「You Lose」

今日の曲 The Beatles 『I'm Loser』

The Beatles - I'm a Loser

12/12 今日の悩み

もう12月になって11日も過ぎている。考えられない。ついこの前半袖シャツを着ながら「あちー」と扇風機を二台回していたはずだろ!?
誕生日にもらった「蟹」の被り物を被ってへらへらして浮かれてたのがもう2ヶ月も前だとはとても思えない。
そんだけ「ダビングデイズ」を送っているのかもしれないけども。。。
にしても「師走」という言葉を考えた人は天才だな。とつくづく思う。
師匠の僧が繁忙期で東西を馳せるから「師走」になった。この由来もすごいけどなにより、年の瀬の疾走感みたいなのが凝縮されている。もう、感動。

でも、そんなことは割とどうでもよくて、今日の悩みとしてあげたいのはつまりこれである。

「あったかーい」を買うと損した気分にならねえか!?



ということ。


人はどうして「量」を求めてしまうのか

先に書いたように、とにかく寒い。出身が岩手にも関わらず東京の寒さにもう堪えている。
「なにカナダグース着てんだよ、ここ東京だぜ?」なんて思っていた過去の自分に「お前、部屋でもアウター着て生活してるぞ」って言ってやりたい。そんくらい、なぜか東京の冬は寒い。そして同時に趣深い。


いかに東京の冬が寒いかを分かってもらったと思うので本題に入る。
なぜ人は量を求めてしまうのか、ということだ。
この寒い時期、無性に飲みたくなるのが「紅茶花伝」のホットである。あのキャップがオレンジ色したやつ。

これがたまらなく飲みたくなるのは、おそらく俺が幼い頃に行った地元のスキー場を思い出すからだろう。
滑りがまずまず上達してきた頃に、父親に連れられて「雫石スキー場」に行った。そしてそこの一番高い場所から滑った。
その道中は「ゴンドラ」を使うのだけど(若干バブルくさいか)これがなんとまあ長いこと長いこと。長い事ゴンドラの中で揺られているのはなんというか、むずかゆい。しかもそれが父親ともなると、なんというかなんだか話しづらい。
いや、普段は仲が良い。めちゃくちゃ仲が良い。怒られたこともないし喧嘩をしたこともない。超喋る。そんな父親とゴンドラの中でなぜか気まずくなる。多分幼心に「俺めっちゃスキー下手だなあ。お父さんにめっちゃ迷惑かけてるわー」という自責からきてると思われる。そういう時、ありませんでしたか?
ただ、ガキというのは単純でその長いゴンドラに乗る際、父親は俺にあったかい紅茶花伝を買ってくれた。手袋を外し、かじかんだ手でプルタブを開けて、ひと啜り。それがなによりも幸せで、というか「あー、あったけえ」という感覚で。いつもの三倍くらいは美味く感じられた。
俺の冬場の「紅茶花伝」にまつわるエトセトラは(PUFFYかよ)、この記憶からきていると言っても過言ではない。

とまあすごい脱線だ。脱線だ!!!(だっふんだ!みたいに読んで)
寒いと飲みたくなるこのホット紅茶花伝。実はあまりスーパーで見かけない。そもそもスーパーに温かい飲み物が売っていないことが多い。
すると決まってコンビニか自販機で探す。だがなぜか今のコカコーラ社の自販機に紅茶花伝はなかなかお見かけしない。俺しか実は買っていない説まで出てくるほどだ。はい、どうも「紅茶花伝大使です」と言いたいくらいだ。
結局コンビニでホット紅茶花伝を買う。ただ、この時に、ものすごい葛藤が俺の中で起きていことはさすがに誰も知らない。
「物語」に「葛藤」は必須条件だ。葛藤から殺人事件が起きる。葛藤から恋が生まれる。だとすると、俺のこの紅茶花伝にまつわる葛藤でも物語は起きうる。それだけデカい。葛藤が。二時間のドラマ特番なんて朝飯前の葛藤だ。

ホット紅茶花伝は、280mlかよくて380mlのサイズしかない。そしてだいたいその相場は140円〜だ。
そしてそれに比べて、冷たいオーソドックスな紅茶花伝は145円くらいだ。しかもそれはコンビニの値段であって、冷たいのなら普通にスーパーに売っているからそれをカウントしたらだいたい110円で買える。
俺は何を言いたいかというと「温かいだけでなんでちょっとお高いの!?」ということと「俺はあったかい紅茶花伝が飲みたいのか、それとも紅茶花伝の味を今欲しているのか」ということだ。


我が心の三国無双

至極馬鹿げたみみっちい話であることは百も千も万も承知だ!(「万も」と口に出してみるとエロスを感じる)
ただ、これは俺の人生において超大事な葛藤なのだ!
温かい方を買った場合。
「寒いから温かいのは嬉しいんだけど。350じゃ持ってお昼過ぎくらいまでだなあ」
冷たい方を買った場合。
「これで今日1日分のドリンクはまかなえるけども。やっぱり温かいの飲みたかったなあ」
という、「どっちの服が似合ってる?」と問うてくる女子の地獄みたいなのが垣間見えるほど。

そうなってくるともう味を欲しているのか、温かいを欲しているのか、コスパを欲しているのか。それの三巴戦だ。もう横山大観先生もびっくりの「三国志」ばりの争いが繰り広げられているんだ。ただ、さらに厄介なのは呉と蜀のように手を組んだりはしない。そして三国を蹴散らすような代替案さえ生まれないのだ。
紅茶花伝にじわりじわりと体の自由を奪われていく、がんじがらめにされていくこの感覚。
俺はこれをほぼ毎日味わっている。。。

結局のところ俺的な三国志はいつも勝率が3割ずつで、さらに厄介なことこの上なし。呂布のような人材をただただ待つ日々である。


こんなことで頭を抱えているうちが「幸せ」なんでしょうけどね。



ってことで、俺の胸中をあらわした今日の曲。

春はまだか / 浜田雅功&奥田民生

おやすみです。

場所、時間、季節、匂いによって想い起こされる曲七選

こんばんは。リュ・シオンです(大嘘)

昨日よりも段違いで寒くなってきて、末端冷え性を疑うほど先っちょが凍えております。母親がよく靴下を履いて寝ていてその意味が全く理解出来ずに笑ったことがあります。今度実家に帰ったら謝ろうと思います。「ママごめん」

誰にも理解されない想起ソングたち

さて、昨日の晩なんだかもやもやとした行き場のない感情が脈を打っていたので、これはいけないなあと僕はある楽曲を聴いて眠りにつきました。それが
Base Ball Bear/どうしよう」
この曲がものすごく胸に響きまして。。。

というのもこの曲が収録されている「C2」というアルバムが去年の11月11日に発売されておりまして。で、僕はその当時大学2年。キャンパスの関係で埼玉県の所沢に住んでおりました。
このアルバムを買った日のことはよく覚えていて、友達に「この曲絶対気にいると思う」とツイッターでリプライをもらい、すぐさま新所沢駅TSUTAYAに駆け込みアルバムを入手しました。そしてその帰り道公園に立ち寄って「もう冬になるのか」なんて格好をつけたことを覚えています。暖房をつけてない部屋の中でコートを着たままそのCDを丸々一枚聴き込みました。すぐさまパソコンに転送し、いつでも聴けるようにとiPodにもインポートして、冷たい布団に包まりながらそのアルバムを何度も聴いた。そんな思い出でした。
この曲を聴くとその当時の自分の軸みたいなものが甦ったり、1年前の自分を辿ることができる気がしてつい何度もリピートしてしまうのです。


その意味を汲んだ上で、僕は自分のツイッター


これがその時のツイートなんですけども。

そこでふと「その時その時の記憶に残っている曲、思い起こさせる曲ってたくさんあるよなあ」と思い、今回のブログではそれらを「想い起こしの楽曲」略して「想起ソング」としていくつかピックアップしていきたいなと思います。

1.秋の乾いた風と地面を滑る枯葉の音からの「想起ソング」

まず一曲目。これはタイプ的には「季節」タイプの楽曲ですね。そのある一定の時期になると無性に聴きたくなる楽曲を「季節」タイプと分類させていただきます。特に僕の中でこれに分類される曲は数多く、異常に僕の涙腺をえぐってくるレベルのものが多いです!
そんな中でも群を抜いた「想起ソング」は

THE BAWDIES / LEMONADE


THE BAWDIES - LEMONADE(MUSIC VIDEO&メイキング&初回盤DVD予告)

はい。これはもうなんというますか自分の中では特別で。これを聴くとね「高校時代」を思い出すんですよ。高校時代の暑くるしい、というかギラギラしてたような時代に一瞬だけ「LEMONADE」の爽やかな乾いた風が吹く。そんなイメージがあります。
このCDが発売された日は、一人で自転車を走らせCDショップへと向かい、その翌日から登下校はずっとこの曲を聴いて歌いながら歩いていました。MVを見てもわかるように「歌いながら歩く」がピッタリな曲でして、雨が降ってもなんだかウキウキしながら歩く。ギリギリ痛いタイプの人間でした。

2.歌詞とその瞬間の空気、そして自分がリンクした不思議な不思議な「想起ソング」

二曲目。このタイプは「匂い」タイプの楽曲です。僕の中でその日の「匂い」みたいなものが定期的に想い起されて、というよりもその匂いがもうこびりついて離れず、そのせいで何度も聴いてしまうという「想起ソング」です。

Base Ball Bear/不思議な夜


Base Ball Bear - 不思議な夜

この曲はもう多分一生忘れることはないんだろうな。というかこれこそが僕の中での理想であり、人生の「テーマ」なんじゃないか?と言わんばかりの楽曲です。
遡ること10ヶ月近く前。それは成人式の日です。小学校中学校の懐かしい面々が一同に会した「同窓会」が行なわれました。僕もずっと楽しみにしてたんですが、そこには小学生の頃に転校してしまった女の子もいて。ものすごく可愛くて、男子みんなから人気があったような子でした。そんな子と8年ぶりの再会。もうワクワクしないわけはありません。いざ会うとその子はまったく変わっておらず、ずーっとかわいいまま。なんかその子だけが時代に取り残された、みたいになんだかあどけなくてもう僕は完全に「一目惚れ」していたんですよね。で、もうここで話さなかったら後悔するだろうな、って思った僕はお酒の力を借りてね、ずーっとその子と喋ってた。もう本当に楽しかったし、本当に可愛くて。何より僕が今の大学で「小説を書いてる」っていうとその子は確かに目を輝かせて「えーすごい!」って言ってくれて、僕でさえも忘れていた「小学校の頃私とよく本の交換してたもんね」ということまで覚えていてくれて。もうさらにその子大好き沼にズブズブと。。。だって、そんなん言われたらさあ。ねえ???
で、その子とは結局LINEを交換して終わり、みたいな感じだったんですけどね。その後日談があって。別の日にその子と仲の良い女の子と飲んだ帰り道に、彼女が(一目惚れガールをAとする)「Aがあんたの小説を読みたがってたよ」って言っていて。僕はもう天にも昇る勢いで喜びました。僕は「絶対最高のやつ書いてやる」と意気込んだんですよ。その日の帰り道は酔っていたのとその子への想いからもう頭が完全におかしくなっていて。橋の中腹あたりで冬の冷たい風に乗って、なんとも形容しづらい「匂い」が漂ってきて、僕はこの匂いとこの感覚を一生胸に刻め!!!という想いからこの「不思議な夜」を聴いたんです。
だから未だにこの曲を聴くと、あの日のふわふわとしたような感覚、そして僕の覚悟、みたいなのが甦ってきて「やってやるよ!!!」と喝が入ります。もう僕が死んだ時にはこの曲をお葬式で流してください。

3.一番頑張った時期、一番僕を応援してくれた「想起ソング」

三曲目。このタイプは「時間」タイプです。その時間になるとこの曲が無性に聴きたくなる。というような曲です。

AKB48/ヘビーローテーション


これはものすごくシンプルな思い出です。今でも冬、年明けの1月から3月くらいの時期の夕方5時頃くらいにこの曲が聴きたくなります。僕がこの曲を聴いてたのは中学三年生の受験期なんですよね。で、なぜ5時頃なのかというと最後の追い込みとして僕は塾に通ってました。もう第一志望には間違っても入れないだろう。っていうくらい成績不振だった僕は、親に勧められ急遽塾に行くことになったんですよ。で、そこで勉強の仕方、みたいなのを一から学び「効率の良い正しい勉強法」みたいなのを身につけたんですよ。とにかく一時間没頭する。そして息抜きに10分は好きなことをやる。このインターバルが僕にはぴったりだったのでしょうね。みるみる成績は上がっていって、気づいたら第一志望に合格していました。そんな受験期、最も勢いがあったころのあの「前田敦子がセンターか、大島優子がセンターか」を競っていた頃。僕はこのAKBの楽曲に励まされていたのを思い出します。PSPの中に小嶋陽菜の画像を大量保存して、それをスライドショーにしながら勉強机におき、くじけそうになったらそれを見ながら励まされる。という勉強法をしておりました。最高でしたよね。本当にこの頃。で話を戻すと、この夕方5時頃に塾へと送ってくれる母親の車内で聴いてたからなんですよね。今でも当時のことを思い出すと胸が熱くなります。本当によく頑張ってたなあ!俺!!!って。。

4.真夏の体育館!熱気あふれる会場に引き戻されるような迫力ある「想起ソング」

四曲目。これは「場所」タイプですね。ある場所がきっかけでこの楽曲が思い起こされる、またはこの楽曲を聴くと当時のある場所が思い起こされる。というような曲です。

ザ50回転ズ/NO NO NO


NO NO NO - ザ50回転ズ

これもシンプルな思い出なんですが、もし「走馬灯」というものがあったら間違いなくワンシーンとして入ってくるだろうな。という思い出があります。それが「高校三年生の文化祭」です。僕は軽音楽部に入ってバンドのボーカルをやってました。ライブハウスのライブや部内ライブと、結構な数演奏してきたのですが、その締め。文化祭の中夜祭でのライブが僕らの一番の思い出である事は間違いないと思います。文化祭オープニングも演奏をしたのですが、それとは比べものにならないような熱気を僕はステージ上で感じました。その時に歌ったのがこの楽曲でした。この曲の歌詞にある「学校なんてもういらない!」を先生の前で歌ったのは我ながらなかなかに「パンク」だったなあと思います(素行はかなり良い生徒でしたけど)
「このまま消えて夏に夏になれたらいいのに」の歌詞の通り、未だにこの曲を聴くと、あの日のみんながノリノリで僕らの演奏を聴いてくれてる真夏の体育館を思い出して溶けてしまいたくなります。

5.今の僕を形成してくれたと言っても過言ではない「想起ソング」

五曲目。これは「時間」に分類されます。かならず僕の誕生日になると思い出すエピソードがあって、そのエピソードが今の僕を作ってくれてるかもな。なんて思ったりもするくらい欠かせない、そんな楽曲です。

The Beatles/Revolution

The Beatles - Revolution

僕が中学二年の誕生日に父親からのプレゼントとして渡されたのがThe Beatlesの赤盤青盤でした。父は洋楽が大好きでCDを何百枚と所有しているのですが、わざわざ僕にもう一セットこの赤盤青盤を買ってくれました。「ビートルズだけは聴いておけ」といった父親がなんだかめちゃくちゃ格好良かったのを覚えています。そこから僕は狂ったようにビートルズに傾倒していくのです。赤盤は誰もが知っている名曲のオンパレードで、幼い頃の記憶の中にある楽曲も多く親しみがあったのですが、青盤にはびっくりするほど知っている曲が少なく、そのことがやけにひっかかって僕は色々とビートルズについて父親に質問をしたりしたのを覚えてます。んで、父親は「青盤の方がどれも良い曲ばっかりだ」と言うので青盤を何度も聴いてみるうち、僕も俗に言う「後期」の良さに気づきました。中でもこの「Revolution」という楽曲は、「どうしようもない日常だけど俺はいつか絶対に革命を起こしてやる」みたいな日常の気だるさもありつつそれを打破しようという熱量もありつつ、のような印象でどハマりしてなんども中学の昼の放送で流した記憶があります。
あの時父親ビートルズを教えてもらっていなかったら、こんなに音楽を聴くような人間にはなってなかったと思うし、なんだか自分の根底に流れているような形のないものも存在していなかった気がします。完璧僕のルーツの一つです。

6.絶望の中を生き抜く「瀕死」状態の「想起ソング」

六曲目。これは完全に「季節」ですね。夏のあっちいときにこれを聴くと、変な気持ちになって目がぐるぐると回ってしまう。そんな感じの楽曲です。

星野源/化物


星野 源 - 化物 【MUSIC VIDEO & Album Trailer】

大学一年生の時ですね。映像制作サークルに所属していた僕は半ば強引に「助監督」を任されました。全然右も左もわからずにあたふたとしている自分に、先輩が誰一人として手を差し伸べてくれず。「死んでくれ!!!てか死にたい!!!!」と毎日思っておりました。結局映像は完成せず、その責任を全て僕に押し付けられるように説教されたのを思い出します。暑い夏の日でした。誰も教えてくれない。経験がない。それってめちゃくちゃどうしようもないことだよなあと思いながら、毎日この曲を聴いて「今が奈落なら、俺はぜったいそこから這い上がる!!!」なんて思ってましたね。ただ、その後僕はさらにおかしくなっちゃって、大学一年の後期全く大学に行かなくなるんですけどね。人のせいにはしたくないけど、あのサークルの先輩方は今でも「死ね!」ってくらい恨んでるし、人生うまくいかなくなれ!とも思ってます。笑
だからこの楽曲を聴くと「日常をもがいてなんとか打破しようとする自分」と「現実は全然うまくいかず追い詰められていく自分」が同時に連想されてめちゃめちゃ辛い気持ちになります。だから痛いくらい「何気ない日々は何気ないままゆっくり僕らを殺す」って歌詞の部分が分かるんですよね。辛い「想起ソング」も入れておかないとね。。。てかこの映像やっぱ泣けるな。。。

7.それでも明日はやってくるしそれを受け入れていかないといけないんだよな「想起ソング」

七曲目。これは結構重たい感じですね。タイプ的には「匂い」ですね。なかなかそんな匂いを嗅ぐことってないんですけども。ふとなんか思い出してしまう。そんな感じです。

大瀧詠一/Tシャツに口紅


大滝詠一 Tシャツに口紅

三月頃に僕の大学の友人が突然亡くなったんです。事故だったのですが、なんだかものすごくそれが「あっけない」出来事でして。ついこの間まで当たり前に喋っていた友人が棺桶に入りみんなからお別れの一言をもらっている様、っていうのは本当に辛くて、俯瞰的には見れない出来事でした。これはずっと引きずってしまうなってのとなんだか気持ちを切り替えたくて実家に帰ったころあたりで、この楽曲が収録された大瀧詠一さんの「DEBUT AGAIN」が発売され僕はそれを購入して、改めてこの楽曲を聞きました。
「みんな夢だよ今を生きるだけでほら息が切れて明日なんか見えない」という歌詞がその時の僕の心境にダイレクトに響きました。
明日がやってくるとかやってこないだとか、そういうことは実際はどうでもよくてとにかく今日を一生懸命息を切らしながら生きるということが大事なんだなとその時に感じました。僕らとともに未来を生きられない彼の分も、と言ったらあまりにも荷は重たいですが僕がやらなければならないこというのは、きっとそういうところにあるのだなと感じました。今でもこの曲を聴くたびに辛い思いと切ない思いを包み込んでいつ終わるともつかない日常を生きていくしかないんだな、ということを実感します。

まとめ

これらが僕の「想起ソング」です。音楽っていうのは曲を聴くものだし、歌詞に共感するものであると思います。でも、それだけではなくて、生きていてある瞬間に「あ、このことを歌っているのかな」とか「この歌詞にぴったりだな」とかっていうものと巡り合ったりするものでもあると思います。データで簡単に一曲買える時代にはなりましたが、最初にあげたように盤を買いに行く最中の思い出みたいなのも生まれるんですよね。音楽に限らず、映画や小説や写真なんてものも一緒だと思います。僕らは一作品ごとにその中身だけではなく、作られた時代背景やその時の記憶みたいなものを汲んで行く必要があると思います。

「主演 木村拓哉」伝説のバラエティ番組「TV’S HIGH」が色々と凄すぎたからオススメしたい

こんばんは〜立川談志です〜。(大嘘)

もうかなり寒くなってまいりましたね。北国出身の僕でも若干「覚悟」を纏わないと外に出れなくなってきました。

いかがお過ごしでしょうか。


さて、お手本みたいな書き出しからはものすごくはみ出て、というか全く打って変わって。

僕は都内の大学の芸術学部に通ってるんですが、そこの「メディア論」という授業で見せてもらった「TV'S HIGH」という深夜番組があまりにも「伝説」的だったんでちょっとそのお話をさせていただきたいと思います。そしてみんなにもこの番組の「ヤヴァみ」に取り憑かれてほしいなという目論見で。

TV'S HIGHの何がすごいのか


僕が先ほどから口にしている「TV’S HIGH」ってそもそもなんなの!?という方に。まずはざっくりと基礎情報から。


『TV's HIGH』(ティーヴィーズ・ハイ)は、フジテレビで2000年10月から2001年3月まで毎週金曜日に放送されていた深夜番組であり、テレビドラマ仕立てのバラエティ番組。主演はSMAP木村拓哉(Wikipedia参照)


はい。まず第一のびっくりポイント。

・「木村拓哉が主演」

恐ろしくないですかね???これはちょっと、ん!?と思いません。しょっぱなから切り札切ってる感。

ただこれは本当にそうでして、wikipediaによると後にも先にも木村拓哉単独のバラエティというのはこれだけなんですよね。。。確かにゲスト出演やグループ、複数人での出演はあっても単独で、しかもメインを張っているというのはありませんよ。

・あらすじ

バラエティ番組、と先ほど述べたのですがこの番組は非常に特殊でして。例えて言うならば「フルハウス」とか「フレンズ」とかのアメリカのシチュエーションコメディ的な「ドラマ」風バラエティ番組となっております。なるほど、こう聞くと「木村拓哉」のメインも納得です。
で、そのあらすじというのが。

あるマンションに住む木村拓哉宅配ピザを頼んだ所、おまけの商品として「TV局開局キット」を渡された。それは自分の映像がテレビで放送され、視聴率80%を取るまで終わらないというゲームだった。

なんたるやこの「意味不明」感。
ピザ屋の宅配から「テレビ局開局キット」をもらう。。。もうこの番組には「脈絡」という言葉が存在していない。

・『TV’S HIGH』の意味

この「TV'S HIGH」読み方は「ティーヴィーズハイ」はどういう意味なのか。番組内での説明をまとめると

ランナーズハイ」という言葉がある。激しい運動に伴う極度の体力の消耗により体内から分泌される脳内麻薬が引き起こす高揚感や快感。それを、高視聴率番組を見ている人の脳内でも同じ成分を分泌させることで、テレビへととはまっていく状態を引き起こさせる。その状態を「TV’S HIGH」と呼ぶ。らしい。

どうだこの「説明されることでさらにわからなくなる」感じ。
なんなら書いている僕ももうわかりません。全く恥ずかしくないです、わからないということは。

この「TV'S HIGH」を引き起こす目的とは一体なんなのか。それが

個人的バブル景気をもう一回作り出す!!!

もうめちゃくちゃだよ〜泣
あらすじ含め何から何まで全くもって意味がわからないでしょう。説明をするのがこれほど疲れるのかと、今初めて知りました。


とまあこれが主な基礎情報ですね。基礎情報だけでもうハチャメチャ感がありますね。死にそうだよ僕も。


「TV'S HIGH」のここがすごい!!!

ということで、ここからはTV'S HIGHの風変わりな魅力について色々書いていこうかと思います。ちょっと動画を混ぜ込みつつ。

1.出演者がめっちゃ豪華

この番組は金曜の深夜25:50分からの放送でした。ど深夜。魑魅魍魎たちが百鬼夜行をする丑三つ時手前です。
まあ、今の深夜番組というのは「極力コストを抑えた」ようなキャストが多い印象ですよね。
ところが、この番組の主演はなんたって「木村拓哉」なんです。そりゃあ脇を固める出演者も豪華なんです。
生瀬勝久
わあ。フツーに役者さん出てきた。生瀬勝久さんが「TV局開局キット」を届ける張本人。
・YOU
まあこれはなんとなく、今のバラエティでも割とありがちな。でもこの時のYOUさんは本当にイカれてて、キムタクにおっぱいを押し付けたり、ビーチクのポーズをとってみせたり、はっちゃけすぎ。
青島幸男

「へー。青島幸男も出てたんだー。ん!?青島幸男!?え、元東京都知事の!?あ!?」
という反応が見て取れます。僕もそうでした。まあいくら都知事前が放送作家や役者だったからといって、この番組の放送当時はまだ「元東京都知事」の肩書きホヤホヤだったころですよ。退任が1999年なんでまだ一年と少ししか経過していませんね。。。
この青島幸男こそ「TV'S HIGH」の名付け親で「テレビ局開局キット」の大元と呼ばれております。しかもほぼレギュラーで、毎週登場。なにこの大盤振る舞い。にしても青島さんがめちゃめちゃ面白いんだよなあ。
村山富市

もう「へー」とは言わせない!こんどは「元総理」がお出ましだ!ただ青島さんと違ってスペシャルゲストとしての一回のみの登場。でもまあそれでもすげえよ!!!最近でいうと「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに安倍首相が出演されて話題になりましたね。あれは国民的番組だったからこそなのに。。
宇多田ヒカル
この放送当時、宇多田ヒカルはバラエティ番組の出演を控えていたそうで。しかもNYに住んでいたころなんで日本の番組に出るなんてのは、まあレア。最終回のビッグゲスト、キムタクが誘拐した相手が彼女でした。
そのほかにも村上淳さんや、木村祐一さん、宮藤官九郎さんに石田ひかりさん、声だけではありますが当時キムタクと共演していた中谷美紀さん。とにかくメンツが豪華すぎ!!!

2.内容が前衛的すぎた

この豪華出演者をどうやって使っていくのだろう。下手に使うと「宝の持ち腐れ」やら「素材を殺している」なんていわれかねなかったことでしょう。ところがこの番組はまったく違うんです。
一言で言うと
「活かしてんだか殺してんだかわからないくらいカオス!」
なんですよね。なにしろ先ほどのあらすじに書いてある通り、意味がわからないんです。テレビ局開局キットを使って番組を配信しているキムタクは「こんな映像が撮れました」的な感じでラジオDJのように「木村というハンコで書いた木村」とか「車海老の中で気まずい思いをしているザリガニ」とか「JRうなぎ」わとかいうシュールすぎる映像を淡々と放送したりします。それになんとなく笑い声が付いているから笑うものの最初のうちは「どういうことや」とつっこまざるを得ません。ただ不思議なものでそのシュールっぷりが3回目くらいになると「TV'S HIGH」を迎えたかのごとく、面白くなってきちゃうんですよね。
この番組の構成は鈴木おさむ三木聡宮藤官九郎木村祐一
なるほど、そりゃ確かに前衛的だよ!と納得してしまう面子。これは面白くないわけがないですね。特にそういった映像の面白さというのは三木聡さんの要素が強かったりするかもです。

3.心地よい内輪ノリ

昨今のテレビ番組、特にフジテレビ系列の番組に見られる形式として「スタッフとキャストの内輪ノリ」で番組が作られることが多いです。最近ではそれが過度になりすぎているのか「テレビがつまらなくなった理由」としてもしばしばあげられたりします。この番組にも実はその「内輪ノリ」みたいなのが流れていて、宮藤官九郎さんが当時脚本を務めていた「ロケットボーイ」というドラマがあったのですが、それが主演の織田裕二さんのヘルニアによって急遽中断し途中から「踊る大捜査線」の再放送に切り替わるというハプニングがありました。その結果踊る大捜査線の再放送の方が本編よりも視聴率が高い、という屈辱的な出来事に。そんなクドカンさんの心境を番組内ではチクチクといじり倒したり、キムタクが一枚の写真を取り出し「ものすごくエッチな写真を見つけた」と視聴者の前で焦らすように写真を隠しているとすぐさま生瀬さんから電話が。視聴者のクレームとして「見せて欲しい」と懇願する生瀬さんに、キムタクがひらりと写真を裏返すとそこには生瀬さんの幼稚園児の頃の写真が。それを見て生瀬さんが「俺のお袋じゃねえか〜!!!」とキレたりするなど。。。とにかく「内輪ノリ」が面白いんです。ただ、あくまでこれはキャスト同士のやりとり。スタッフさんをいじったりはしない。ここに現在の番組とは違う「心地よい内輪ノリ」があるのかなと思いました。

4.意外とやっていることが正しかった

これがメディア論でも取り上げられた話題であり、一番注目していただきたいポイントです。
この作品、テレビ局開局キットを使って人気俳優木村拓哉が「視聴率80%を目指す」という設定で物語が始まります。先ほども言ったように「TV'S HIGH」を起こして、もう一度バブルのような景気の良い時代を取り戻す。という目的のもと、彼は奮闘します。
決まった時間にその配信カメラの前に座り「はいどうも〜。今日もやってまいりました。TV'S HIGH」というキムタク。
この光景、どこかで見たことあるような。。。というひっかかりを持つ方も多いでしょう。そうなんです。実はこれ、

「Youtuber」の原型

なんですよ!!!すごくないですか?画面の前の視聴者に向かって「はいどうも」「今日紹介するのは」というYoutuber感。これこそがこの番組の最も面白い、かつ素晴らしい部分なんです。
2000年10月から放送されたこの番組、当時はまだ「youtube」や「ニコニコ動画」と言った「自分から自分を発信するコンテンツ」が無かった時代なんです。そんな時代に「もし自分が番組を持って配信したら」という設定を用いて、あれやこれやと面白映像を配信していく様はまさに「再生回数を稼ぐために試行錯誤する」という作業と一緒なんですよね。
形こそ違えど、こんな21世紀の頭に僕らの「現在」を忠実に再現していたこの番組、恐ろしいですよね。今ではすっかり「Youtuber」というのは人気稼業です。そしてインターネットの登場によって僕たちは様々な「自己発信」を行ってきました。このブログもそうです。誰もが「何者かであって何者でもない時代」の今だからこそ、この番組をみなさんに視聴していただきたいのです!!!

4.キムタクがめちゃくちゃ面白い
キムタクは「全部キムタクになってしまう」と揶揄されるほど、キムタク個人の主張が強い印象です。それだけ絶対的であり、イケメンだということなんですけども。
そんな彼が、おそらく一番「キムタクっぽくない」のがこの作品です。リーゼント風な髪型、私服に近いような格好。喋り方こそいつものキムタクですが、全く「格好よさ」を感じずただただ「面白い人」になっているんです。生瀬さんや青島さんとの掛け合いもめちゃくちゃ面白いし、結構やるキレ芸は本当に「バラエティいけるんじゃないのこれ?」と思わせるほど。僕はこの作品を見て、皆さんの中のキムタク像が少しでも変わって欲しいな!と思うくらい、この作品の彼が大好きです。「キムタクがこんなことしてるから面白い」というカウンター的な面白さではなくて、シンプルに「キムタクが面白い演技してる」から面白いんですよね。これからもそういう一面をバンバン出して欲しいところです。。。


まとめ

キムタクといえば。というよりもSMAPといえば。今年はSMAPが「解散」する年です。もうあと2ヶ月ほど。平成とともに栄えたSMAPが奇しくも「生前退位」のご意向を天皇陛下が示した年に解散する。この無常感。どんなに国民的と謳われていても「絶対」はないのだと、思い知らされた年でもありました。
僕はものすごく悲しいです。本当に大好きだったので。ライブにも行ったことがなければ、毎回CDを買うような熱心なファンでもありませんでした。それでも「笑っていいとも」がいつでも平日12時から放送していたように、SMAPもいつも当たり前のように存在していた日本一のエンターテイナーだったのです。なぜかあの五人を見ると僕はワクワクしたし、笑えて明るくなりました。2014年の27時間テレビ。ノンストップライブで歌いきり、五人でスタジオを目指した彼らの姿に「一生この五人は生き続けて欲しい」とまで感じました。そんな彼らがいとも簡単に「崩壊」してしまいます。連日「キムタク上げ」「中居下げ」の記事が世間を賑わせています。本当のことなんか本人達しか知らないのに、僕たちはそれらの情報に流されています。そこから飛び火をするように「キムタクはクソ」とか「SMAPはクソ」みたいな意見が溢れてきます。その意見はひとそれぞれ様々です。
ただ、彼ら五人のこれまでの軌跡さえも踏んづけて罵倒する。そんなことをする必要はあるのでしょうか。彼らは間違いなく、国民的であり最高のエンターテイナーでした。
僕はこの番組を見て改めて「木村拓哉」をはじめ「SMAP」の存在の偉大さに気づきました。
このブログを読んで少しでも「TV’S HIGH」に興味を持っていただけたら幸いです。

↓動画↓
記念すべき第一回

TV's HIGH 01

お気に入り回

DVD

TV's HIGH [DVD]

TV's HIGH [DVD]

VHS

最近のブログ書いてる人たち

こんばんは。はてなに初めて投稿した記事が思ったより周りにウケてたし読まれてたので、ちょっと調子に乗ってまた書いてみようと、よっこいしょと重い腰をあげまして。

「ブログ」ってみなさんどういうイメージがありますか??

僕は中学生時代に「ブログ」を始めまして、最初は友人数名とやってたんですけど、波及するわ波及するわでブログ書きムーブメントみたいなのがクラスの中で起こりました。
俗に言う「インターネットの放課後」でございます(初めて聞いた)

何を書いてたかというと、どこまでもしょーもない「身の上話」がほとんどで、もう今見返してみても何一つ面白くない。もう本当に掃いて捨てるような記事ばっか。
のくせにコメントがすげえ数来てて、それが全部仲間内。「メールでやれやクソガキ」レベルです。

中学時代のクソガキ君はこんなのに時間を費やしてたのか〜フムフム。と見てたんですけど、
意外とねえ「あー」って思いながら読んじゃうんですよ。
「あー」ってなに??って感じだと思うんですけど、言っちゃうと「日記帳見つけた時」のアレと同じ感覚ですね。

やっぱりね、ブログって一番適してる使い方が「日記代わり」だと思うんですよ。
まあ、日記だったら書いてしまっとけ!って感じですけど。僕が大学の先生に「日記って自分のうちに留めてるつもりが、気づけば誰に読まれても良いような文章書いてない??」
って言われたことがあってね、稲妻が走ったんですよ。ビビビビビビビビビ〜って。

家に帰って昔の日記帳とか見るとね、確かに「誰かに見てもらいたい」文章なんですよね。
でも日記は僕が作家や偉い人として名を馳せて「記念館」が作られたりでもしない限り、展示されることも公開されることもなくて、唯一この世の中で「僕が書いて僕が読む」文章なんですよね〜。

矢印は自分にしか向いてないはずなんだけども、誰かには見てほしい。っていう複雑な気持ちが重なったのが「日記」なんですよね〜。
で、その「見られたい欲」的なのを当時叶えてくれたのが「ブログ」だったんですね。

今ならツイッターでその都度「やや大きめの黒く長いうんち出た」とか書けば「いいね」がきます。「うんち」に「いいね」が来る時代なんですよ。
承認欲求というか、なんかそういう「見られたい、知られたい欲」みたいなのはいつでも満たされますよね。

僕が中学時代だから7〜8年前は「ブログ」を日記代わりに使ってた人が多かったと思うんですけど、今はすっかりそういった「戯言」「身の上話」なんてのは完全にSNSに移行しました。
その代わりに「ブログ」は「自分の持つ情報や知識を全世界へ発信するお役立ちツール」みたいなものになった気がします。

今は「ブロガー」なんてのが当たり前にお金を稼ぐ人として存在してます。
為になる情報や知識やらに自分の意見もそっと添えて、どんどんインターネットの大海に船を出していく人間たちです。

なんだかわかんないんですけど僕はこれを見ると「鼻で笑っちゃう」んですよね。
理由は二つあって
「こんな薄い情報なら僕は本を読みます」
ってのと
「お前らよく恥ずかしげもなく稚拙な文章で見てみて!!ってノリの記事書けるな」
ってのです。

こういうこというと懐古主義だとかアナログな人、ステレオタイプ。なんて言われるんですけどね。昔の「ブログ」にはなんだか「気恥ずかしさ」が文章にあった気がするんですよ。

それって先に言ってた「日記を書いてる」感覚だからだと思ってて。ツールとして発信はされているけど、あくまで自分の「身の上話」「戯言」を日記という位置付けで書いてるよ。と思いながら皆んな書いていた気がして。というか中学生時代の僕は少なくともそういう気持ちで書いてました。
その「気恥ずかしさ」こそが「良さ」だった気がするんですよね。うまく言えないんだけど。

「自分の稚拙な文章と中身は笑い者にされるかもしれないし恥ずかしいんだけど、これ、誰かに見られてちょっとコメントくれたらいいな〜」「でも来たら来たで恥ずかしいな」って思いながら書いてたんですよ。
そのローカルな人間感とかがより「インターネットの面白み」みたいなのをね如何なく生み出してた気がします。

それに比べてなんですか今のブログどもは!!!!

「おーいおーい!!俺がオススメの絶景スポット書いたから見てよ〜!!!!」
「私がこの間行ったカフェのオススメメニューベスト3を教えるよ!!!見て!!!」
「今のお掃除に必要なアイテム教えるよ〜!!!」
「アクセス数稼ぎまくるから、ちょっとあぶねえとこ噛みついちゃうぞ!!!」
みたいな記事多すぎませんか。

いやいやお前ら何様だよ〜。って思っちゃうんですよね。。。
これって僕が相当ひねくれてるのかもしれないんですけど。でもそういう記事は決まって中身が薄いし、「面白いだろ〜」の押し付けがひどくて、ゲボ吐きそうになるんですよね。

それだったら僕は「専門家たちに取材して書いた本」とか、その道のプロが書いた本とかを読むし、そっちの方が読みやすいんですよね。
だからちょっと鼻で笑っちゃうんですよ。



とこんなこと書いてきましたが「読みたいやつが読めばいい」ってだけの話ですよね。はい。それは重々承知でございます。だからこそ僕のブログも読みたいやつが読むし、書きたいことを書くんですよ。

でも、ここ最近は「誰もが何かになりたい」という欲求が爆発して「何かになった体で生きてる」人が多い気がするんです。これは注意喚起でもなんでもないです。でも、なんだかだからこそ「フツー」の温かみを求めるし「一般的」をほしい人もいるんじゃないかとも思うんです。

だからブログを書く人にしては珍しいですが「身の上話」「戯言」「御託」を並べる「日記的」ブログをこれからも書いていきたいなあって思った次第であります。

以上。解散。