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沼風呂 ヌマブロ

「頚椎椎間板ヘルニア」「武家諸法度」みたいな読んで気持ち良いブログ

12/12 今日の悩み

今日の◯◯ 日記

もう12月になって11日も過ぎている。考えられない。ついこの前半袖シャツを着ながら「あちー」と扇風機を二台回していたはずだろ!?
誕生日にもらった「蟹」の被り物を被ってへらへらして浮かれてたのがもう2ヶ月も前だとはとても思えない。
そんだけ「ダビングデイズ」を送っているのかもしれないけども。。。
にしても「師走」という言葉を考えた人は天才だな。とつくづく思う。
師匠の僧が繁忙期で東西を馳せるから「師走」になった。この由来もすごいけどなにより、年の瀬の疾走感みたいなのが凝縮されている。もう、感動。

でも、そんなことは割とどうでもよくて、今日の悩みとしてあげたいのはつまりこれである。

「あったかーい」を買うと損した気分にならねえか!?



ということ。


人はどうして「量」を求めてしまうのか

先に書いたように、とにかく寒い。出身が岩手にも関わらず東京の寒さにもう堪えている。
「なにカナダグース着てんだよ、ここ東京だぜ?」なんて思っていた過去の自分に「お前、部屋でもアウター着て生活してるぞ」って言ってやりたい。そんくらい、なぜか東京の冬は寒い。そして同時に趣深い。


いかに東京の冬が寒いかを分かってもらったと思うので本題に入る。
なぜ人は量を求めてしまうのか、ということだ。
この寒い時期、無性に飲みたくなるのが「紅茶花伝」のホットである。あのキャップがオレンジ色したやつ。

これがたまらなく飲みたくなるのは、おそらく俺が幼い頃に行った地元のスキー場を思い出すからだろう。
滑りがまずまず上達してきた頃に、父親に連れられて「雫石スキー場」に行った。そしてそこの一番高い場所から滑った。
その道中は「ゴンドラ」を使うのだけど(若干バブルくさいか)これがなんとまあ長いこと長いこと。長い事ゴンドラの中で揺られているのはなんというか、むずかゆい。しかもそれが父親ともなると、なんというかなんだか話しづらい。
いや、普段は仲が良い。めちゃくちゃ仲が良い。怒られたこともないし喧嘩をしたこともない。超喋る。そんな父親とゴンドラの中でなぜか気まずくなる。多分幼心に「俺めっちゃスキー下手だなあ。お父さんにめっちゃ迷惑かけてるわー」という自責からきてると思われる。そういう時、ありませんでしたか?
ただ、ガキというのは単純でその長いゴンドラに乗る際、父親は俺にあったかい紅茶花伝を買ってくれた。手袋を外し、かじかんだ手でプルタブを開けて、ひと啜り。それがなによりも幸せで、というか「あー、あったけえ」という感覚で。いつもの三倍くらいは美味く感じられた。
俺の冬場の「紅茶花伝」にまつわるエトセトラは(PUFFYかよ)、この記憶からきていると言っても過言ではない。

とまあすごい脱線だ。脱線だ!!!(だっふんだ!みたいに読んで)
寒いと飲みたくなるこのホット紅茶花伝。実はあまりスーパーで見かけない。そもそもスーパーに温かい飲み物が売っていないことが多い。
すると決まってコンビニか自販機で探す。だがなぜか今のコカコーラ社の自販機に紅茶花伝はなかなかお見かけしない。俺しか実は買っていない説まで出てくるほどだ。はい、どうも「紅茶花伝大使です」と言いたいくらいだ。
結局コンビニでホット紅茶花伝を買う。ただ、この時に、ものすごい葛藤が俺の中で起きていことはさすがに誰も知らない。
「物語」に「葛藤」は必須条件だ。葛藤から殺人事件が起きる。葛藤から恋が生まれる。だとすると、俺のこの紅茶花伝にまつわる葛藤でも物語は起きうる。それだけデカい。葛藤が。二時間のドラマ特番なんて朝飯前の葛藤だ。

ホット紅茶花伝は、280mlかよくて380mlのサイズしかない。そしてだいたいその相場は140円〜だ。
そしてそれに比べて、冷たいオーソドックスな紅茶花伝は145円くらいだ。しかもそれはコンビニの値段であって、冷たいのなら普通にスーパーに売っているからそれをカウントしたらだいたい110円で買える。
俺は何を言いたいかというと「温かいだけでなんでちょっとお高いの!?」ということと「俺はあったかい紅茶花伝が飲みたいのか、それとも紅茶花伝の味を今欲しているのか」ということだ。


我が心の三国無双

至極馬鹿げたみみっちい話であることは百も千も万も承知だ!(「万も」と口に出してみるとエロスを感じる)
ただ、これは俺の人生において超大事な葛藤なのだ!
温かい方を買った場合。
「寒いから温かいのは嬉しいんだけど。350じゃ持ってお昼過ぎくらいまでだなあ」
冷たい方を買った場合。
「これで今日1日分のドリンクはまかなえるけども。やっぱり温かいの飲みたかったなあ」
という、「どっちの服が似合ってる?」と問うてくる女子の地獄みたいなのが垣間見えるほど。

そうなってくるともう味を欲しているのか、温かいを欲しているのか、コスパを欲しているのか。それの三巴戦だ。もう横山大観先生もびっくりの「三国志」ばりの争いが繰り広げられているんだ。ただ、さらに厄介なのは呉と蜀のように手を組んだりはしない。そして三国を蹴散らすような代替案さえ生まれないのだ。
紅茶花伝にじわりじわりと体の自由を奪われていく、がんじがらめにされていくこの感覚。
俺はこれをほぼ毎日味わっている。。。

結局のところ俺的な三国志はいつも勝率が3割ずつで、さらに厄介なことこの上なし。呂布のような人材をただただ待つ日々である。


こんなことで頭を抱えているうちが「幸せ」なんでしょうけどね。



ってことで、俺の胸中をあらわした今日の曲。

春はまだか / 浜田雅功&奥田民生

おやすみです。